McGuffin(マクガフィン)

何度でも挑戦できる。自分が出来るかどうかなんです。(パルクールアスリート/木本登史)

パルクールアスリートの木本 登史さんは22歳。17歳のときにパルクールに出会った。昨年デンマークにあるパルクール専門学校に留学し、本場の教えを受けて今年帰国。現在、活動の幅を広げている。なぜマイナーなスポーツにはまり、活動しているのか。彼は今何を目指しているのかインタビューした。

フランス発祥のパルクールは、日本での競技人口は1000人程度。しかし、東京五輪への新種目として検討されるなど、国内でも徐々に注目を集めているスポーツだ。

パルクールは毎日進化しています。新しくやる事があるので終わりがないんです。

ーーパルクールに出会ったきっかけを教えてください。

高校2年生の夏、友達に「すごい面白いスポーツがあるからやろうよ」って誘われたことがきっかけです。誘われたときは、「そんなの全然つまんないよ」ってまったく乗り気じゃなくて、半信半疑で練習場所に行ってみたんです。とりあえず教えられるままにやってみたら、意外と出来ちゃったんです。「あれ?めっちゃたのしい!」って完全に心を掴まれてしまって、そこから一気にパルクールにのめり込みましたね。

ーーそんなにはまってしまったパルクールの魅力ってなんですか?

どんどん次に新しい事が出てくるんですよね。新しい事って楽しいじゃないですか。誰もやったことのない技を自分が生み出すことができるんです。この前も、初心者の人に教えていたら、急に見たこともない技をやっていて、「それ、なに?」と聞いたら、「わからないです」って言っていて(笑)。パルクールは毎日進化しています。違う場所に行けば、新しくやる事があって終わりがないんです。やっていけばやっていく程、自分の能力も上がっていくんですよね。そうすると、町中がこれまでと違って見えるんですよ。「ここでコレができるな」「こっからこう飛べるな」って。それがもう、楽しくて楽しくて。

ーーパルクールを始めてから自分が変わったなと思う部分はありますか?

精神面がかなり鍛えられたと思います。パルクールって、チャレンジしていかないと前に進めない競技なんです。培った「挑戦する姿勢」は人生にもそのままでていて、この前行った留学プログラムに応募した時も、そうでしたね。

ーー昨年、文部科学省が進めている返済不要の留学プログラム(トビタテ)で、デンマークにあるパルクール専門学校に学びにいっていますよね。応募するには作成する資料が多く、木本さんが応募したコース(多様性人材コース)は倍率が5.7倍だったと聞きました。

パルクールを知る為に海外に行くのは、必要だなって感じていたので、卒業後に海外で留学しようって思っていました。たまたまトビタテを知って、サポート面がすごい豊かだから応募したいな、と思った時には締め切りまであと1週間しか無かったんです(笑)。それでも諦めないでチャレンジできたのはパルクールをはじめたおかげだと思っています。応募する(チャレンジ)するだけならタダ。落ちたら「あー残念。じゃあ別の方法考えよう」って思えばいいし、合格したら「やったー!」ってなるだけなんで(笑)。

僕はパフォーマーとしてやっていきたいって気持ちは…ちょっとしかないんです。

ーー今は学生だと思うんですけど、仕事としてやっていることはなんですか?

ライブパフォーマーとしてお仕事頂くことが一番多いですね。他にはCMやMVに出演したりしています。

ーー今後はもっとライブに出たり、大勢の人前でパフォーマンスしたりしていきたい、という思いはあるんですか?

僕はパフォーマーとしてやっていきたいって気持ちは……ちょっとしかないんです(笑)。ライブは普段ではありえないような緊張と高揚感をでは味わえますし、それを仲間と共有できてすごく楽しいので、これからも続けていきたいと思っています。
でもこれは、あくまでも自分の技術を磨いたり、新しい環境で自分が何ができるかを試したい、という経験を積むためにやっているので、本当にやりたいことは別ですね。

ーーパフォーマーの人って人前に出たりするのが好きで、それを極めたい人が多いのかと思っていました。本当にやりたいこと、とはなんでしょうか。

日本でパルクールの文化と環境を作っていきたいんです。パルクールはまだ日本にきて10数年しか経っていないので、僕らがいい方向に進めていかないといけないな、と使命感を感じていて。今後どうなるかは僕ら次第なんじゃないかなって思っています。

ーーなぜそこまでして、パルクールを多くの人に広めたいと思ったのでしょうか。

留学先のデンマークでの公園で70歳くらいのおじいちゃんがパルクールをやっていたのを見て、驚愕したんです。同じ年代ならまだしも、日本ではほとんどありえないような光景だったんですよね。「こんなに可能性あるスポーツを、日本人はまだ全然知らないなんてもったいない」って思ったんです。もっといろんな人が気軽にできるような文化と、環境を作りたいと思っています。

ーー個人的には、真っ先に怪我の心配が頭をよぎってしまうんですよね。

6年間パルクールをやっているんですけど、パルクールで怪我をしたのは捻挫ぐらいです。他のスポーツの方が怪我しています。バレーボールをやっていた時は、突き指、骨折もざらでした。

パルクールには敵がいないんですよ。敵がいなくて道具も使わない。だから予測不可能な動きがないんです。自分が出来るかどうかなんです。「絶対にできない」と思うようなチャレンジをすることはほとんどないですね。ちょっとできそうだな、と思うところから少しずつ進めていくので、自分の事さえわかっていれば、安全にできるスポーツだと思います。

自分にはパルクールしかない、だったらもうやるしかない

ーー今大学4年生だと思うのですが、就職は考えていますか?

就職はしないつもりです。自分のやりたいこと(パルクールの環境を作る)を会社と共同でできるかもしれないと思って就職を考えた時期もありました。でも、この1年でパルクール界が急激に変化しているのを感じて、就職してる場合じゃないな、と思いました。仲間と一緒に、一般の人でもできるような場所を作りたいと考えています。

ーーパルクールだけで食べていくことってできるんですか?

今の働き方で食べていけるかと言われれば……厳しいかもしれません。今は学校と仕事、半々でやっているので、大学生が普通にバイトして稼ぐ金額とほとんど変わらないくらいしか稼げてないです。実家に暮らしているので以下のところは困っていないですね。

世界的にはパフォーマーより、トレーナーの方が稼げるといわれています。デンマークに行って仲良くなったトレーナーの人は、週末土日だけ働いて一週間で35万と言ってました。上手くいけば、年収1千万円は超えられるのかもしれないです。ただ、これはパルクール文化が進んでいる国の話なので、日本ではまだまだこれからだと思います。

ーーもしかしたら稼げないかもしれない、けどやりたい?

やっていきたいですね。いろんな大人に相談すると「やりたい事やればいいじゃん」って言われるんですよ。不安もあります、けど最終的に、自分が進んでいく道はパルクールだなっていう所に行きつくんです。僕にはもうパルクールしかない、だったらもうやるしかないでしょって。最悪、海外行くかっていうぐらいの気持ちでいますね(笑)。

ーー海外へいくことへの不安はないんですか?

ほとんど無いですね。パルクールって共通言語みたいなもので、言葉が通じなくても世界中の人とコミュニケーションを取ることができるんです。

僕がfacebookに、「シンガポール行くよ」って書いたら、「家泊れよ。」って5人ぐらいの人から連絡がきて。全員知らない人たちなんですけど(笑)。その時は怖いなって思うんですけど、実際に行って、会って、一緒に練習すると本当に優しい人たちなんですよね。結局、3週間ずっとその人の家に泊まったりしてました。パルクールをやってるっていうだけで、もうみんな仲間なんです。そこには敵とか味方とか、上手いとか下手とか、それこそ言語とか人種とか関係なく、みんなフラットで。だから、日本でダメだったら海外のどこかへ、そこでもだめだったらまた別のところに行けばいい、そう思ってます。

ーー木本さんのように行動できる人は多くいないかもしれません。

自分の今いる環境って、すごい居心地がいいと思うんですよね。海外に行けとは言いません。でも、今いるコミュニティーから、ちょっと違うコミュニティーに一歩踏み出してみてほしいと思います。新しいコミュニティーに踏み出せば、新しい自分を見つけれると思いますし、新しい仲間も見つけれるので。一歩先には、まだ誰も知らない自分の可能性があるかもしれない。だから一歩踏み出してみて欲しいと思います。僕もどんどん踏み出していきます。

■出典
愛知学院大学 トピックス
日本パルクール協会

<CREDIT>
木本登史
https://twitter.com/tkafumi
  •  (2)